年下の男の子、年上の女の子

*冒頭R18っぽい描写注意。










真っ昼間だというのにカーテンを引いた部屋に二人きり。
隙間から漏れる強い日差しに背徳感を感じた。
ベッドのスプリングが軋み、彼の動きに合わせて揺れる。

「……はやと、待って……っ……ぁっ」

肺が空気を求めて喘いだ。
同時に首筋に感じたチクリとした痛みに、静止の言葉を投げかける。けれど吸い付くくちびるは止めてくれず、お返しに背中に爪を立てた。すると律動的な動きが激しくなり、打ち付ける。

「っ……ぁ……っ」

無意識に足の指に力が入り、限界を迎えた。

***

髪を乾かしながら、傍らの男を小突く。

「だから、見えるところにはつけないでって言ってるでしょ」
「やー、ゴメンゴメン」

全然反省していない顔で、上半身裸のまま抱きついてくる。しっしと追い払い、ドライヤーの風を憎らしい笑顔向けて吹き付けた。

「わっぷ」

柔らかい赤毛が靡き、甘えた目尻がさらに下がる。すると大きな掌が私の手首を掴んで、指先に口づけた。黙って眺めていると、何故か人差し指を咥えて舐めだす。

「何してんの?」
「そっちだって爪立てただろ、っていう抗議かな」
「……付けんなって言ってるのにキスマークつけてくるのが悪いんじゃない。君がすると大きな痣みたいになるんだからホントやめて」

プイっと明後日の方向を向くと、頬をつつかれた。仕返しに前髪をひっぱる。

「でもオレは部活で着替えるとき脱ぐからなァ、背中の爪痕なんですか? って聞かれたら説明してもいい?」

楽しそうな笑みで問いかけてくる男のおでこを叩いた。

「うっとうしい」
「ひでぇな」

口では文句を言いつつも目が完全に笑っている。

「ところで今日はご飯食べていくの?」
「いや寮で食べるよ。帰ったら寿一と練習する予定だからな」
「そう」

気のないそぶりで応えると、彼は肩を竦めて背を向けた。後ろ姿を盗み見ると、先ほどつけた爪痕からうっすらと血が滲んでいる。ドライヤーを切って救急箱を取りに立ち上がる。
そうして消毒をして薬を塗りつけ、見送った。

「じゃあな」
「ん、練習がんばって」

顎を上向けて目を閉じると、軽いリップ音が響いた。
そうして扉が閉まる。
完全に彼の気配が遠ざかるのを待って呟いた。

「私、何やってるんだろ」

あの夜からもうすぐ一年。
ズルズルと続けてきてしまった関係に頭を抱えた。今の状況に名前をつけるならセフレ……だろうか。
いい加減にしないとと思いつつも断ち切れない。自転車に本気で乗れずふさぎ込む彼を放っておけなかったというのもある。でも一番の理由は私の気持ちにあった。

「だって好きなんだもん」

触れられることを嬉しいと思ってしまう、気持ちいいと感じてしまう。
期待もした。
だけど彼の口からは付き合って欲しいという言葉どころか、情事以外で好きだという文句すらでない。
都合のいい女だ。でも自分から止めようって言えない。
しかし彼はようやく、仲間のおかげでロードレースのペダルを本気で踏めるようになった。最近会いに来てくれる回数も減っている。
だから……もうすぐ終わり。
玄関に座り込んで、薄汚れた天井を仰いだ。

「……隼人君」

溢れた涙が塩辛い。
膝に顔を埋めて泣いた。

***

「……未練がましいな」

思っていたのに来てしまった。
苦笑して景色を振り仰ぐ。
雄大な山々に心が少し軽くなった。周囲には観戦者に混じってロードの選手らしき姿もちらほら見える。初めて見る光景に好奇心が抑えられなかった。
これが隼人君の世界。
最初で最後の観戦に興味と不安がわき上がる。
──去年、この場所で、彼はウサ吉を拾った。
以来本気でロードレーサーに乗れなくなり、私との関係が始まった。
その大会に再び出る。決心するまでに至る彼の気持ちを考えると、胸が痛かった。
だから今度こそレースを見に来て欲しいという言葉に頷く。
同時に一つの決心をした。
隼人君はきっと乗り越えられる。
私はもういらない。
でも彼から切り捨てられるのは寂しくて、耐えられない。だから私から告げようと決めた。情けない顔をたくさんみせちゃったから、最後くらい年上の余裕を見せよう。
深呼吸をして、観戦場所へ向かった。
初めて見るロードレースのすさまじい疾走感と熱気に包まれて、隼人君がトップでゴールした決めたときは、涙が溢れた。
たくさんの葛藤があっただろうに、乗り越える強さに喜びがこみ上げる。
──例え私が乗り越えられてしまうモノの一つだったとしても構わないと思った。立ち止まった一時の支えになれたのならそれでいい。
最後に一言、お祝いの言葉を告げたくて人混みをかき分ける。けれど箱学のジャージを着た金髪の少年と談笑する姿に足が止まった。
晴れやかな笑顔。友人の肩を叩く逞しい腕。
くるりと踵を返し切なさを拭った。
でも、一塊の風が吹く。
梢が揺れて、低い声が私の名前を呼んだ。
振り返らず足を止め、青い空を仰ぐ。
……どうして声をかけられたのだろう。
そんな大きな声で呼びかけたら、周りの人に聞こえてしまう。
もうお別れなのだから、誰にも知られない方がいい。
でも、だけど、それでも。
逃げ出したくなった。自然と足が動き出す。でも肩を掴まれた。

「待って、寿一に紹介したいんだ」

振り仰いで、瞳を瞬かせる。
出会って二年。幼さがぬぐい去られた精悍な顔立ちと、逞しい身体に時間の流れを感じた。同時に心臓が大きく跳ねる。
くちびるを舌先で湿らせ、問いかけた。

「なんで?」
「友達に彼女を紹介するのってそんなに変か?」
「彼女って……誰が?」

本気で不思議だった。
だけど彼の顔が強ばる。

「は!?」

一転して怖い顔が迫ってきて、肩に指がめり込む。

「痛い!」
「どうした、新開。そちらの方は?」

その声に肩にめり込んでいた指の力が緩む。

「……ああ、寿一。彼女が前に話してた人。おめさんに紹介したかったんだけど、その前に話し合いが必要みたいだから、少し二人きりにしてもらってもいいか?」
「構わないが表彰式には遅れるなよ」
「ありがとな」

同時に有無を言わさず肩を抱かれ、人がいない場所まで引きずられた。
私の頭は大混乱で、彼の言葉が脳みそをかき回す。
彼女……?
いつから?
結論が出ないまま大木の木陰に連れ込まれ、幹に身体を押しつけられた。

「話し合おうか」
「えっ」

これって所謂壁ドンって体勢だよね。世間では萌えシチュって呼ばれてるんでしょ、誰か変わってくれないかなぁと現実逃避する。
息がかかるほど鬼の形相が近づいた。

「それってオレと付き合ってないって意味?」
「どうもこうも、付き合ってないよね!? こっちこそ逆に聞きたい。私達いつから付き合ってたの?」
「一年前のあの日に決まってるだろ!」

笑顔が怖い。
上手く応えられずに口ごもっているとその笑顔さえ消えた。
厚いくちびるが耳元に近づき低い美声が囁く。

「付き合ってないのにオレに抱かれたの? じゃあオレ以外ともああいうことしてるのかよ」

その言葉に吃驚しすぎて、まじまじと顔を見つめてしまった。
同時に涙がこみ上げる。
我慢したけど、ダメだ。
くちびるが震えて、言葉がまとまらない。
頬を涙が滑り落ちて、止めどなく溢れた。

「……何それ」
「っ!? 泣くなよ」

慌てた仕草で、私の肩を抱く。
それに腹が立って、思い切り抱きついてやった。胸元を締め上げながら責める。

「私がそんな女に見えるっていうの!?」
「……ごめん。でも」
「でもじゃないでしょ!?」

顔を上げて睨む。次いで厚い胸板を思い切り叩いた。

「バカっ! だいたい付き合ってるとか付き合ってないとか、そんなの私が一番知りたかったわよ。君が一度も付き合ってとも、好きも言ってくれないから、付き合ってないと思っただけじゃない!」
「え……」

大きな瞳が何度もまばたきする。
さっと顔色が変わった。

「好き……は言ったような」
「エッチしてるときの言葉なんて信じられるわけないでしょ。君がここまで私の気持ちをわかってないなんて考えてもみなかった!」

ポカポカと殴りながらも頭が冷えてくる。
手を止めて、胸元に顔を埋めた。
汗臭い。でも好き。

「私達、何歳違うと思ってるの……? 君が小学校に入学した時私は中学生だったんだよ。それくらい差があるんだよ。早合点で本気にして違ってたら私、死んじゃう」

胸元に耳を押しつけると、心臓がドクドクと高鳴る音が聞こえた。

「それにあの時の隼人はすごく傷ついていて、誰かに支えて欲しそうにしてた。だから私なのかなって思った。年上で、都合も良くて。……だからそういうの言ってくれなきゃわかんない……バカ」
「ごめん。オレはが好きだ。もう遅い?」

いつの間にか回っていた腕に抱きしめられた。汗臭くて、燃えるよに暑い。
見上げると、照れくさそうに頬を赤らめる彼の顔があった。急に恥ずかしくなってきて目をそらす。

「それで……どうなんだ?」
「何を?」

問いかけると、咳払いをした。
一拍の間があって言葉が降り注ぐ。

「オレと付き合ってください」

世界がキラキラと輝いた。
真っ正面からの告白に、火が付いたように全身が熱くなる。

「あのね。……ダメだ、やっぱり恥ずかしい。耳貸して」

手招きして、腰を屈めてもらう。
内緒話みたいに耳元にくちびるを寄せて、囁いた。

「私も隼人が好き。私と付き合ってください」

照れ笑いを浮かべると思い切り引き寄せられ、息が出来ないほど抱きしめられた。
一足早い蝉の声が遠く聞こえる。
それは人々の喧噪に混じって、消えた。